聖徒たちを整えて、奉仕の働きをさせキリストのからだを建て上げるために
  エペソ4:12



定価 1680円 (税込)

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本文「はじめに」より抜粋


わたしの民は知識がないので滅ぼされる (ホセア四・六)

わたしのしもべほどの盲目の者が、だれかほかにいようか(イザヤ四二・一九)

 私はかつて、神のしもべであるにもかかわらず、争いについての知識がないために滅びに向かっていました。争いは、破壊するために地獄から遣わされた悪霊です。この霊が、私の人生の中に長い間居座り続けていたのです。

 私は常に何かと戦い、だれかと争っていました。サタンの誘惑によって罠に陥るということを理解していなかったのです。もちろん神さまを愛していたし、新生体験をし、聖霊のバプテスマも受けていました。また、フルタイムで献身するようにとの召しも受けていたのです。しかしそんな私の生活にも争いがありました。

 聖書には、争いと議論について多くのことが語られています。これらはどちらも同じことを意味しています。この本を読み進んでいくうちに、皆さんの目が開かれ、争いがいかに破滅的で破壊的な影響力を持っているかを、さらにはっきりと理解できるようになると思います。皆さんが争いの影響を明確に理解するようになり、自分の生活の中に働く争いに気づかなかったり、それに対して何の手も下さず放っておくことのないようにというのが私の祈りです。

 今日、神さまが教会を立て上げるよりも速いスピードで、争いの霊が教会を破壊していると言っても決して過言ではありません。実に多くの結婚が、争いのために離婚という悲しい結末を迎えています。また、争いを解決しようとして、多くの人たちが病気を患っています。争いのために自らの繁栄を犠牲にし、その結果仕事を失っています。争いのために会社は倒産し、多くの子どもたちは反抗と混乱の中に追いやられています。

 このような現象を見ても、その問題の根本的な原因が何であるかを見極めることができないでいるのが現状です。どのようにしてサタンは侵入するのでしょうか。特に、本来なら人生のあらゆる否定的な出来事から守られるべき立場にいるクリスチャンの生活に、どうやってサタンは入り込むのでしょうか。

それは争いを通してです!

 しかし、この争いが私たちを破壊するままにさせておく必要はありません。

 イエスさまは、私たちを守るために平安を与えてくださいました。聖書は、私たちが「平和を保ち続ける」べきであり(出エジプト一四・一四、新欽定訳の私訳)、また、あらゆる状況において「平安があるかないかで判断しなさい(コロサイ三・一五、英詳訳の私訳)と教えています。「平和を求め、それを追い求め」(詩篇三四・一四)、「平和を作り、維持する者」(マタイ五・九、英詳訳の私訳)であるべきとも教えています。

 聖書には、平安に対する神のすばらしい約束があります。その中のひとつが、詩篇三七章三七節にあります。「責められるところのない者に目を留め、正しい者を見よ。なぜなら、平和の人の結末は、幸いであるからだ!」(英詳訳の私訳)。

 義と平安と喜びは、クリスチャンが受け継ぐべき遺産です。神の国はこの三つの要素で構成されていますが、キリストを主と告白する者の中で、この恩恵を実際の生活で受けている者はほとんどいません。なぜならサタンが奪っているからです。クリスチャンたちに知識がなく、またたとえ知識を持っていてもそれを自分に当てはめようとしないそのことをサタンは利用して、欺き、うそをつき、だましているのです。

 もしあなたが争いの中に生きているなら、この本はそれを暴露しします。この本を通して、争いの霊に打ち勝ち、神さまが与えたいと思っておられる平安な暮らしを送ることができるようになることでしょう。