聖徒たちを整えて、奉仕の働きをさせキリストのからだを建て上げるために  エペソ4:12





 CD付
定価 2625円 (税込)

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私の友人のマイク・ビックルは、真に「神を追い求める人」だ。彼の人生そのものがそれを証明している! だから、この本のメッセージは、世界各地に散らばる「神を追い求める人たち」の心に共鳴するだろう。

主との聖なる親密さの深みに身を投じようと、主への聖なる情熱の高みに舞い上がろうと、この本は私の心の思いのこだまとなって響いている。私が最近執筆した本の中で、「主への情熱が回復するなら、主の“臨在”の喜びが戻ってくる」という思いが与えられたところだったが、この本を読んで改めて、「あなたの右には、楽しみがとこしえにあります」(詩篇一六・一一)という真理を教えられた。

 もしあなたが、心の霊的温度を高めたいなら、また「神を追い求める」スピードを速めたいなら、あるいは、あなたのたましいが飢え渇き、もっと神を知りたいと願うなら、この本はまさにそんなあなたのために書かれたものだ。マイク、私たちに「神を愛する喜び」を思い起こさせてくれて、本当にありがとう。

トミー・テニー
『神を追い求める』など数多くのベストセラーを生み出した著者


第一章

主を愛する者として――真のアイデンティティ

 この十年間に私は、主からの力強い油注ぎを受け、説教者として広く用いられている幾人かの偉大な神の器たちと交わる機会を得た。主は彼らを大きく用い、彼らを通して数々の奇跡のみわざを行われた。だから、このような霊的巨人ともいえる人々から、聖霊がダイナミックに働かれる大きな集会を導くことにもう飽きてしまったと密かに打ち明けられたときは、本当に驚いた。彼らはまた、神の御力の下に用いられることさえうんざりだと感じている。

ある時、私は、ヨーロッパで、ある有名な神の人とともに大きな聖会を導いていた。彼を通して御霊が力強く現われたのを、私はこの目でしっかりと見た。ある女性が瞬間的に癒されて、喜びの叫び声を上げたのだ。その時、彼はどんな気持ちだったのかを聞きたくて、集会が終わるのを待ちきれない思いだった。しかし、予測に反して、彼の答えは私をまったく驚かせた。

「彼女のためには良かったと思う。だが、あんなことはもう見慣れてしまったよ」と、彼はさりげなく言った。「集会の後、ホテルの部屋で一人になると、やはり同じ気持ちになるんだよ。そう、もう飽き飽きしたって」と続けた。彼はさらに、いまだに彼の心を捕らえて離さない、さまざまな失望から来る苦々しさを続けて話し始めた。

 その話を聞きながら、「イエスの名によって奇跡を行うようになるなら、きっと人生は興奮に満ちたものとなるだろう」と考えていたことを思い出した。そして思わず、その考えが口をついて出てしまった。すると彼は、次のように答えた。「最初は、私もそう思った。だが、いつも生ける神と深い交わりをしていなければ、やがては霊的破綻を来すだろう」

 ミニストリーを続けているうちに、ミニストリーが退屈になってしまったと感じている説教者は、この男性だけではない。多くのミニスターたちが、同じような不満足感を抱いている。彼らの手を通して神の癒しが起こり、彼らの口にすることばが人々の心に語りかけて人生を変え、彼らの見る夢やビジョンを通して超自然的な世界に分け入る。このような生活を何年もの間送ってきたのに、挙句の果てには、霊的な不満足感だけが残る。実際、主にある勇士たちの多くが、神を楽しむこともできず、主との親密な交わりを持てないために苦しんでいる。このような深刻な霊的飢え渇きに直面しているにもかかわらず、その一方で、彼らのミニストリーは栄え続けているのだ。

 以前は、神の油注ぎを受けてミニストリーを行っている限り、人の心はいつも主にあって励まされ続けると、私は考えていた。しかし、それが真実でないことを知ってしまった。深いレベルでたましいが満足し、自分の存在意義を自覚し、主にある聖なる喜びを味わうという宝を手にするには、主との親密な交わりが不可欠だ。